ナカガワさんが去った後も、山本さんはその場に立ちすくんでおり、オフィスが緊迫した空気で張りつめられ、時間が止まっているようだった。僕はぐしゃぐしゃになった休憩室を片づけてよいのかも分からず、金縛りにあったように、ただ、イスに座っていた。
しばらくして、彼が動きだすと、止まっていた時間がゆっくり動き出したが、重い雰囲気はさらに厳しくなった。彼は休憩室にゆっくり戻り、何事もなかったかのように本を読み始めた。が、もう僕には彼が冷静だとはとても思えなかった。
危険だ。一人でこの空間にいることだけはなんとかして避けたかった。トイレにでも駆け込みたいが、とてもじゃないが席をたてる雰囲気ではなかった。
その時、ふと朝のトイレでの出来事が目に浮かんだ。もしかすると、あれは山本さんだったのではないだろうか。トイレの奥で目を血走らせながら壁を蹴っている山本さんの姿が目に浮かんだ。きっと間違いない。
時計を見たが、まだ10時だった。誰でもいい、はやく来てくれ。痛切に願った。しかし、僕はとうとう聞きたくない声を聞くことになった。
「おい、ちょっと」
きた。一瞬目の前が真っ白になったが、なぜか動揺しているのを悟られてはマズイと思い、冷静に、はい、と返事をして山本さんのもとへ向かった。