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ブラック会社に入社して1週間で悲しい事件が勃発

ブラック会社で機嫌の悪そうな先輩とすれ違う

入社して1週間が経った時に事件は起きた。

同じ時期に入社した中途採用のイシヅカさんは5日で辞め、今週からは新人は僕一人になっていた。新人は朝一番に出社して、1階の鍵置き場で鍵を取る。そして、オフィスのある12階に上がり、鍵を開けるのが日課だ。

だが、この日は鍵がもうなかった。「あれ、誰かもう来ているんだ。」と思って上にあがった。エレベータで12階にあがると、廊下の向こうから営業主任の山本さんがこっちに向かって歩いてきた。

山本さんは今年3年目の男性で、かわいいセンター分けだが、目つきはかなり鋭い。営業主任なので制作の僕とはほとんど接点がない。ずっと社内にいる僕は、この1週間、彼が社内にいるのをほとんど見たことがなかった。一度電話で話している様子を見たが、高圧的な口調で怖かった。

「おはようございます!」

力いっぱい挨拶した。が、目も合わさずに僕の横を通り過ぎる。あんまり愛想のいい人ではなさそうだから、気にもせずに、そのままオフィスに入った。

毎日、誰もいない朝をダラダラ過ごしていた僕は、緊張感を持って朝の仕事を行った。新人はオフィスの鍵をあけた後は、1階のポストに郵便物を取りに行き、コップ類を洗い、机などを雑巾掛けすることになっている。新人は僕1人だったので、30分ぐらいかけてやっていた。

山本さんは僕のいつもより念入りな掃除が終わっても帰ってこなかったので、僕は廊下に出て、12階の共同トイレに行った。このトイレの便器に座って、15分ほどの休憩を取るのも僕の日課だった。トイレの便座が洋式であるというのは会社選びにかなり重要であると個人的に思う。有り難いことに洋式トイレだった。

いつも一番奥のトイレで休憩していたのだが、この日はすでに誰かが入っていたので、その隣りに入った。

入った瞬間、一番奥のトイレの中から壁を殴る音が聞こえた。ドカッ、ドカッと鈍い音である。しばらくすると、金属音がガチャガチャと鳴る。トイレットペーパーの上の金属のカバー部分だろうか?明らかに不自然な音。反射的に気配を消した。息を呑んで様子を見る。しばらく沈黙が続いた。かと思うと、またガシャガシャガシャガシャと音がした。

一言言おうかと思ったが、思いとどまった。知らない人に注意する必要もないだろう。朝の休憩は終了。静かにトイレから出て、オフィスに戻った。

オフィスに戻ると、営業のナカガワさんが出社してきた。ナカガワさんは去年入社なので、僕の1年先輩。誰が見ても人が良さそうで、いつもニコニコしている。営業にもかかわらず、頭にはひどい寝癖がついていたり、口に歯磨き粉がついていたりして、かなりのマイペースさをかもし出している。

ちなみに、スーツはなぜかいつもテカテカである。彼と話したことはなかったが、席が近いこともあり、挨拶程度の会話はしたことがあった。だから、オフィスに彼を見かけてすごく嬉しかった。

こんなに早い時間に二人も来るなんて今日はどうなっているんだろう?などと普通の会社では考えられないようなことを思いながら、ナカガワさんと雑談していた。彼は今日10時の打ち合わせの資料まとめのために、早めに出社してきたそうだ。だからなのか、普段より緊張感があった。でも、席が僕のすぐ後ろなので資料の準備しながら僕に話しかけてくれた。

「いつもこんな早くきてるん?えらいなあ。」

「本当にこの会社は誰も9時に出社しないんですね。」

確かこんな会話から始まった。ナカガワさんは営業で外に出ていることが多いので、ちゃんと話するのはこれが初めてだった。この時の話もいつもと同じだった。

この1週間、先輩と話すと、みんな決まって、「この会社はおかしいから気を付けたほうがいいよ!」と言うのだ。

でも、詳しくは教えてくれない。僕自身、初日から何かおかしいと感じていたし、実際、いっしょに入社したイシヅカさんは5日で辞めた。しかし、この時はまだそれほどおかしい会社だとは実感していなかった。当然といえば当然だ。新入社員は、他の会社と比較できないから、社会人ってこんなものかな。って思ってしまう。

話に熱中していると誰かがオフィスに入ってきた。山本さんだ。ナカガワさんが話すのをピタッとやめたので、僕もやめた。そして、イスを自分の机のほうにスライドさせながら、力いっぱい挨拶した。が、またもやムシされた。彼はそのまま僕たちの前を通り過ぎ、奥の休憩室の長机の前の椅子の腰をおろし本を読み始めた。

僕の視界の右端に山本さんが微かに入る。なんとなく視線を感じるが、こっちを見ているのかどうかはわからない。無言で資料まとめをするナカガワさん。部屋が静かすぎて、ペラペラと本をめくる音が大きく聞こえる。

とりあえず僕は目の前のMacに向き合った。ネットに繋がっていないパソコンですることはないが、何かしないといけないと思い、フォトショップを立ち上げた。することはないので、チュートリアルを開けて作業をしているフリをした。僕の横の席のハシグチさんが来れば、作業の指示をもらえるのだが、彼は当分来そうもない。まだ、9時45分だ。

することがない僕は、いつの間にか、ファイルをダブルクリックしては閉じるといった、意味のないことを繰り返していた。

「ナカガワちょっと」

突然、山本さんがナカガワさんを休憩室に呼んだ。僕はまるで自分が呼ばれたかのように、ハッとして、我に返った。

ナカガワさんは急いで山本さんのほうへ向かい、二人は立ち話しを始めた。僕は2人のほうを向けなくて、目の前のMacを見ながら聞き耳をたてていた。

「何か報告することがないか?」

「いや、これといってないです。」

山本さんがナカガワさんに尋ねている。なにかトラブルだろうか?二人の声のトーンが小さくなった気がして、右耳に全神経を集中した。しかし、声が小さくて、何を話しているのかわからない。すると、ドカーン!ともの凄い音がした。

「これが大人の世界じゃー!!!」

山本さんが大声をあげた。2人のほうを見ると、長机がひっくりかえって、机の上にあった資料や本がそこらじゅうに散乱している。ナカガワさんは呆然としている。

僕は何が起きたのかが理解できなかった。