僕は山本さんに、なぜ僕が外出しようとしていたのかを説明しようとしたが、この不可解な出来事をどう説明したらいいのか分からなかった。
「今、局長からお電話がありまして、山村さんがトイレにいるらしいので、探しに行ってきます。」
やっと出た言葉は確かそんな感じだった。山本さんは、何言っているんだこいつ、とでも言いたげな顔をしていた。
「山村さんはまだ出社してないやんけ!」
「いや、しかし、局長が探してきてくれっておっしゃっていたので…。」
「お前、何が言いたいねん。わけ分かってないのなら、文章にして書け!」
またもや予想外の発言だったので、行動に入るにはしばらく時間がかかった。僕は、ヘンに反論せず、言われたとおりにして、なるべく神経に触れないようにするしか出来なかった。
僕はプリンタの前に行き、トレイの中からA4用紙を一枚取り出した。しかし、いざ書こうと思っても、どう書いていいのか分からない。僕自身が状況を把握していないので当たり前である。
僕はどのように書いたら分かってもらえるかと真剣に考えていると、急に、とんでもないバカなことをしている自分に気がついて、思わず吹き出してしまった。即座に、しまった、と思い、そっと山本さんのほうを見た。山本さんは依然自分の席で作業を続けていた。よかった、見られていなかった。
気を取り直して、どのように書こうか考え始めたが、結局、さっき山本さんに言ったこととほぼ同じようなことを書いた。
局長よりお電話がありまして、山村さんがトイレにいるということなので、トイレに探しに行ってきます
僕はそう書くと、山本さんのところへ持っていった。山本さんはそれを見るなり、お前、文章でも説明できへんのか、アホちゃうか。主語は誰やねん。などと散々僕をバカにして、その紙を破いた。そして、おもむろに受話器をあげると電話をかけた。
「あの、アソシの山本やけど、そちらに局長おるかね?」
電話先はどうやら局長らしかった。
「あっ、局長ですか、どうもお疲れさまです。」
「あの、今なかたにがですね、山村さんを探しに行きなさい、と局長に言われました、と言っているんですけど、山村さんまだ出社してきてないんですよ。」
「そうなんですよ、まだ来てないんですよ。」
「はい。」
「もうじき来ると思うんですけどね。」
「そうですね。」
「あっ、そうですか、分かりました。」
「はい。」
「はい。」
「それでは、失礼します。」
山村さんは丁寧に受話器を置くと、僕に言った。
「お前、山村さんはまだ来ていない、って一言言われヘンのか?」
僕は反論しなかった。
「まあ、ええわ、局長もおらへんのやったらええわ、って言ってたから作業に戻れや、あっ、それから、山村さんが来たら、オレが言うからお前は何も言うな、分かったか?」
僕は、はい、と言って自分の席に戻った。僕は確かに局長に、「山村さんはいない」と言った。それは間違いない。そして、局長は「トイレに探しに行ってくれ」と僕に言った。これも間違いない。局長は本当に、いないのならええわ、と山本さんに言ったのだろうか?
局長の声は僕には聞こえなかったのでわからない。山本さんがウソをついているのか?それとも、局長がおかしなことを言っているのか?
一体何が起こっているのだろう。