江戸時代の文化を探っていて、「衆道(しゅうどう)」という言葉に出会ってビックリした。これは主に武士や僧侶の間で行われた男性同士の関係で、性的な行為を伴うものだったという。現代人からすると理解しがたいけど、当時は恋愛や快楽にとどまらず、師弟関係や忠誠心、人格形成の一部とされていた。若い武士にとって年長者に愛されることは名誉であり、社会的なステイタスにもなった。
北野武の映画『首』は見てないけど、「戦場での男同士の関係」が描かれていると聞いた。戦場に女性はいないから、男同士の関係が自然に生まれたという話もある。歌舞伎の歴史を振り返っても、最初は女性が舞台に立ったが風紀が乱れるとして禁止され、その後に若い男性が務めたものの同じ理由で禁じられた。こうして見ると、日本という国は性に対してある意味では寛容で、現代で言うLGBTのような多様性も、昔から存在していた気がします。明治以降の西洋化によってかなり変わったのでしょう。
もう1つ驚いたのは敵討ち。江戸幕府は仇討ちを武士の権利として認めていて、手続きをすれば許可された。記録を読むと、衆道をめぐる嫉妬や裏切りが原因で刃傷沙汰となり、仇討ちに発展した事例も少なくなかった。親兄弟の敵討ちに比べれば数は限られるものの、当時の文学や実録に頻繁に題材として登場するほどには広まっていたのだ。
もちろん望まなかった若者もいただろうし、強いられた結果として不利益を被ることもあったはずだ。師弟関係や教育という名目のもと、権力を持つ側が若者に性的行為を求める構造は確かに存在した。そういう歴史を知った時、ジャニーズ問題って衆道の構造と同じなんだと妙に納得した。










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