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岡山城|宇喜多秀家、小早川秀秋、池田家と関ヶ原の歴史

岡山城

岡山城に行ってきた。黒い外観から「烏城(うじょう)」と呼ばれる。カラスのように黒い城ということらしい。明治維新後も天守が残っていたけど、第二次世界大戦の空襲で焼失。だから、現在の天守は1966年に再建されたもの。夜に行ったのでライトアップされてました。入場料は大人500円。

6階建てで地下1階から4階まではエレベーターで上がれる。5階と6階は階段。4階まではクーラーが効いていて、暑い日に見学するにはありがたい。

岡山城が面白いのは、関ヶ原の戦いで城主が入れ替わったこと。豊臣政権の五大老だった宇喜多秀家が築き、小早川、池田と引き継がれた。

2022年には「令和の大改修」が行われ、現在の天守は単なる復元建築ではなく、歴史を体験できる展示施設になっている。宇喜多・小早川・池田の歴史や、関ヶ原をテーマにした展示がかなり充実している。

もともとは宇喜多直家がこの地に進出して、岡山城の前身となる石山の城を築いた。そして、その子供の宇喜多秀家が本格的な城と城下町を整備した。秀家は11歳ほどで家督を継ぎ、豊臣秀吉の養子になり大名として力をつけていった。岡山城の大改修を進め、1597年に天守が完成したとされる。

関ヶ原の戦いで、宇喜多秀家は西軍(石田三成側)の主力として戦って敗れ、八丈島へ流された。その後、岡山城主になったのが小早川秀秋。関ヶ原では西軍から東軍に寝返り、戦いの勝敗を左右した人物。

さらに、その後は池田家が岡山を治める。岡山城では、この宇喜多秀家、小早川秀秋、池田輝政の3人を「関ヶ原によって運命が変わった3人」として紹介している。

江戸時代になると池田家の時代が続く。池田光政は政治や教育、災害対策などに取り組み、岡山の基礎をつくった。池田綱政の時代には、岡山城のすぐ隣に後楽園も造られた。

最上階からは岡山市内を眺めることができる。岡山城は毎日ライトアップが行われているので、今回はライトアップされた岡山城を見ることができた。

500円にしては展示内容が充実していた。戦国時代から江戸時代、そして戦災と再建まで、岡山の歴史をまとめて知ることができた。このエリアは知らないことが多かったけど、備中松山城、津山城、岡山城と見たことで、この地域の歴史が少しずつつながってきた。