久しぶりに大阪城に行きました。「大坂夏の陣」を調べたことがあったので、歩いているだけで楽しかった。
大阪城とは
豊臣秀吉が築いた大阪城。天守閣は見た目こそ戦国時代のままだけど、昭和初期の1931年に再建された鉄筋コンクリート。だから、「現存天守」には含まれない。現在の天守閣の内部は博物館になっていて、豊臣秀吉や大阪の歴史を学ぶことができます。
- 1583年:豊臣秀吉が築城。壮大な金の装飾があった。
- 1615年:大阪夏の陣で焼失。豊臣家滅亡。
- 1620年代:徳川幕府が再建。設計も城郭構造もかなり変わっていた。
- 1868年(明治維新):再び焼失。長らく天守はなかった。
- 1931年:市民の寄付で現在の天守閣が再建(鉄筋コンクリート)。
- 1997年:耐震補強と外観の修復が完了。今の姿に。
徳川幕府が始まった1600年以降は、新しい城を築くことが厳しく制限されました。だから、徳川が再建した大阪城は当時としても「新しい時代に建てられた城」といえます。
桜門

桜門の向こうに天守閣が見えます。

まずびっくりしたのが城壁の石の大きさ!

外壁の石が大きいのは、「新しい時代の再建だったから」だそうです。豊臣秀吉の時代と比べると、徳川家康の時代には土木技術が飛躍的に進歩していたそうです。いろんな城を見たことあるけど、一番大きかったです。技術と権力の象徴でもありますね。
天守閣
天守閣は遠くから見るとコンパクトでオモチャみたいだけど、近くで見ると結構迫力があります。入館料は1,200円。入口には饒舌なおじさんがいて、「どうしても下半身を鍛えたいなら階段でどうぞ!」なんて言ってましたが、ほとんどの人はエレベーターで上へ。

豊臣時代と徳川時代の大坂城が比較されていました。徳川の大坂城のほうが高いんですね。
「大坂夏の陣」の展示

「大坂夏の陣」の展示がよかった。夏の陣では真田幸村が豊臣側につき家康を苦しめたのは有名だけど、徳川側についた真田もいたのは初めて知りました。AIに聞くと、どちらの陣営にも人を配置し、一家が滅びないようにするのは当時は普通だったそうです。
饒舌なおじさんは館内にもいて、ツアーガイドのように解説してました。武将の旗を指しながら、「あれがJALやベンツのマークです」なんて説明していて、面白かったです。
豊臣秀吉の生涯の展示
豊臣秀吉の生涯の展示もあります。信長の死後、権力を掌握した秀吉は、1585年には関白になって、天下統一を目指す。いろんなエピソードが展示されていて、織田信長の草履をあたためたことはもちろん、小田原城攻め、太閤検地、大仏建立、大阪城の築城など。
のちに徳川家康が江戸幕府を作っていく際に参考になったんでしょうね。あと、おねは良い伴侶だったけど、後継者には側室・淀殿との間に生まれた秀頼を選んだこともインパクトあります。

展望台から大阪を一望できるけど、厳重すぎるフェンスが残念でした。

甲冑を着て撮影できるサービス(有料)もありました。
あと、大阪城は「大坂夏の陣」が有名だけど、幕末でも戦いの舞台になってるんですね。1868年の鳥羽・伏見の戦い以降、大阪城は旧幕府方の兵士や浪士の拠点になりました。そして、薩摩・長州などの新政府軍との戦いの要所となってるんですね。
豊国神社
大阪城の天守閣のすぐ近くにある豊国神社。秀吉の銅像もあって、こじんまりしてるけど落ち着いた雰囲気です。御祭神は秀吉を神様にした「豊国大明神(とよくにだいみょうじん)」。

四角い柱の鳥居が印象的!全国でも珍しいそうです。
秀頼・淀殿ら自刃の地
大阪城公園の一角には、豊臣秀頼と淀殿が自刃したと伝わる場所には石碑が建てられています。天守閣に目が行きがちですが、こうした史跡を巡ると歴史の重みを感じられておすすめです。

ひっそりとした雰囲気で、歴史好きには外せない。千姫が逃げた際に渡ったといわれる極楽橋も必見。千姫の舞台を見たあとだったので感慨深かった。

猫を会話しているおじさんがいて、みんな彼らの写真を撮ってました。
また大阪に行ったら行ってみます。城は面白い。






















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