神田明神で上演されている「THE SHOW〜平将門〜」を観てきました。神田明神の主神 「平将門」をテーマにしたエンターテインメントショー。
侍ショーって戦国時代や江戸時代を舞台にしたものが多いけど、平安時代中期(930年ごろ)のお話。鎌倉幕府ができる約250年前だから、武士が仕切っていた時代じゃなくて、朝廷が強い影響力を持っていた時代。
場所は神田明神の境内にある文化交流館 EDOCCO。開演は20時15分で、約1時間のショー。19時から入場できるので、19時45分ごろ到着したら、キャストと少し話すことができました。座席はそれほど多くなくて、観客は日本人と外国人がほぼ半々。ショー中は撮影禁止だけど、終わった後に撮影タイムがありました。
平将門
内容は、関東で活躍した武将・平将門の生涯と、その後の怨霊伝説。朝廷に反旗を翻した将門は戦で倒れます。伝説では、娘の滝夜叉姫(たきやしゃひめ)が父の無念を晴らすために物の怪になり、将門も怨霊として蘇ったといわれています。跳ねられた将門の首が飛んでいったというエピソードがあるから、首が飛ぶのでは…とドキドキしました。
平 将門(たいら の まさかど、旧字体: 平󠄁 將門、延喜3年〈903年〉 – 天慶3年2月14日〈940年3月25日〉)は、平安時代の関東の豪族。第50代桓武天皇四代の皇胤であり、平氏の姓を授けられた高望王の子で鎮守府将軍である平良将の子。
下総国・常陸国に広がった平氏一族の抗争から、やがて関東諸国を巻き込む争いへと進み、その際に国府を襲撃して印鑰を奪い、京都の朝廷朱雀天皇に対抗し「新皇」を称した。東国の独立を標榜し朱雀天皇の朝敵となったが、藤原秀郷・平貞盛らによって討伐された(平将門の乱)。
日本三大怨霊の一人として知られるが、仁義に厚く温かい人物であったとされており、現在では神様として大衆から大事に信仰されており、守護神・鎮守神として愛され、御首神社・築土神社・神田明神・国王神社等にて祭祀されている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/平将門
ショーは殺陣というよりダンスっぽい動きが多い舞台でした。プロジェクターで背景が変わるんだけど、映像の世界観が不自然だったのが気になった。最近リニューアルされて、AIで生成されていると聞いて納得。
セリフはないけど、ナレーションや字幕で物語の大筋は理解できる。だけど、ストーリーはやや複雑。観る前には、卓上に置かれたストーリーシートや相関図をチェックしておくのがおすすめです。
平将門について詳しくなかったので、興味を持ついいきっかけになりました。滝夜叉姫は、伝説上の妖術使いとして歌舞伎や漫画にも登場するそうです。
神田明神
神田明神も興味深い。江戸城の鬼門(北東)を守るために作られて、ご祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、そして、平将門命(たいらのまさかどのみこと)の三柱。大己貴命は大国主命(おおくにぬしのみこと)の幼名なので、出雲の神々とも深いつながりがある神社。
平安時代に朝廷に反旗を翻した平将門が、のちに江戸の守護神として祀られるという歴史の巡り合わせが面白い。境内には神田明神資料館(拝観料500円)という小さい資料館があったので、入ってみたら、神田祭に関する展示がありました。撮影禁止の展示が多いのは残念だったけど、内容は興味深かったです。
日本三大祭は、祇園祭(京都)・天神祭(大阪)・神田祭(東京)。江戸時代の神田祭は「天下祭」と呼ばれて、江戸城内への巡行が許された格式の高い祭礼だったそうです。ジオラマが展示されていたけど、山車と一緒に猿田彦がいて、さらに、朝鮮風の意匠を取り入れたものもあった。神仏習合だけじゃなく、異国文化も混ざり合った祭りだったんですね。
築土神社、将門の首塚
神社の御祭神になった人間で有名なのは、平将門と菅原道真でしょ。どちらも殺されて、死後に天災が起きて、鎮めるために祀られた。似てるなあと思っていたら、「築土神社」にニニギノミコトと一緒に2人が祀られていたので、後日「築土神社」と「将門の首塚」に行きました。将門まつりっていうのもあるんですね。






















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