佐賀に行くと「佐賀の七賢人」という言葉をいろんなところで見る。幕末から明治維新にかけて、たくさんの偉人が活躍したけど、その中には、佐賀藩(現在の佐賀県)出身の人もいたんです。
幕末・維新 佐賀の八賢人おもてなし隊
その代表的な7人が「佐賀の七賢人」(最近は八賢人らしい)。政治、外交、教育、法律、医療など、異なる分野で日本の礎を築いた。博物館でも神社でも城でも、どこに行っても七賢人が紹介されている。

佐賀城では、「七賢人おもてなし隊」による歴史劇が週末やってるそうです。佐賀ってあんまり知名度ないので、知らない人ばかり。
鹿児島に行った時、鹿児島中央駅前に、「薩摩スチューデント」の銅像があったけど、そんな感じ。そのエリアが誇りを持っている人物がいるのっていいですね。
佐賀の七賢人とは
佐賀市内には七賢人の銅像や記念館が点在していて、歴史散策を楽しめます。
鍋島直正(なべしま なおまさ)
幕末の佐賀藩の名君。藩政改革を行い、日本有数の先進藩へと発展させました。佐賀のヒーローみたいです。

島義勇(しま よしたけ)
北海道開拓の中心人物で、「札幌の父」と呼ばれている。
佐野常民(さの つねたみ)
日本赤十字社の創設者、人道支援の基礎を築く。
副島種臣(そえじま たねおみ)
明治政府の外交を担い、清との外交交渉などで活躍。
大木喬任(おおき たかとう)
初代文部卿(文部大臣)などを歴任し、日本の教育制度づくりに貢献しました。
江藤新平(えとう しんぺい)
司法制度や警察制度の整備を進め、「近代司法の父」とも呼ばれる。しかし、佐賀の乱で、最後は処刑された。

大隈重信(おおくま しげのぶ)
第8・17代内閣総理大臣。早稲田大学の創設者。

佐賀藩から多くの偉人が生まれた理由
その大きな理由は、藩主・鍋島直正による改革にあります。
鍋島直正は、西洋の科学技術を積極的に取り入れ、反射炉や蒸気船、大砲の製造など、日本でも最先端の技術開発を進めました。また、人材育成にも力を注ぎ、多くの優秀な人材を育てたことが、明治維新で活躍する人材を数多く生み出す土台となりました。
まとめ
明治維新といえば、薩摩や長州の活躍が有名。だけど、実際は佐賀藩も日本の近代化を支えた重要な存在だったんですね。佐賀に行かなかったら、知らなかったです。佐賀を訪れる際は、その功績にもぜひ触れてみてください。
















