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鳥取東照宮

東照宮 神門

鳥取は外様大名だったのに、徳川家康を祀った東照宮があるんです。鳥取城のすぐ近くで、静かな森の中にたたずむ神社。観光客はほとんどいない。

なぜ鳥取に東照宮があるのか?

1661年 江戸時代、鳥取藩主・池田光仲が徳川家康を祀る「因幡東照宮」を建立。明治になると、神仏分離令によって名称変更。神社が位置する谷の名前が樗谿だったので「樗谿神社(おうちだにじんじゃ)」へ改称。昭和に入り再び「東照宮」の名が使われるようになって、現在は「鳥取東照宮」と呼ばれています。

なんで東照宮があるのか調べてみた。豊臣秀吉が鳥取城を兵糧攻めで落としたのは有名な話。だから、鳥取はもともと豊臣秀吉側の土地。関ヶ原の戦いのとき、宮部氏は明智光秀側についたけど負けたので土地没収。東軍として戦った功績で、池田長吉(いけだ ながよし) が因幡国(鳥取)を与えられる。

その後、家康の孫にあたる 池田光仲(いけだ みつなか) が鳥取藩主となる。光仲は徳川秀忠の娘(家康の孫)と池田忠継の子なので、家康の孫にあたる。そんなわけで、鳥取は外様なのに徳川との繋がりが強い。鳥取城跡地にも、徳川家の「三つ葉葵紋」と池田家の「丸に揚羽蝶紋」が並んでいました。

鳥取東照宮を参拝

土曜日の夕方に行きました。

鳥取市歴史博物館を通り過ぎていくと鳥居が見えます。

鳥取東照宮 鳥居
鳥居

補強されて足元がおもちゃみたいになった鳥居を潜って少し左に入ると、広い石の参道があります。

参道の脇には川が流れています。蛍が見えるって書いてました。

東照宮 神門
神門

横に説明がありました。重要文化財としては、鳥取東照宮ではなく樗谿神社でした。

神門の先には、上野東照宮のように奉納された石の灯籠が並んでいます。なんで灯籠なんだろうと思ったら、灯籠は光で神を讃える意味があって、忠誠や信仰の証でもあるそうです。

拝殿には徳川の三つ葉葵紋があります。古い木造です。お参りしました。

鳥取東照宮 唐門
唐門

拝殿の奥には日光や上野と同じように唐門もある。唐門も古くて、唐門の奥には本殿があります。東照宮はどこもレイアウトが一緒ですね。

上野東照宮や日光東照宮のようにキラキラしてない。だけど、拝殿の柱にある三つ葉葵紋が1つだけ新しくてキラっとしていた。

鳥取東照宮は穏やかな空気が流れていて、蝉の鳴き声がなぜかまろやかでした。時間がなかったのでサッと見ただけ。でも、行けてよかった。

太閤ヶ平

東照宮から登山道に入っていくと「太閤ヶ平(たいこうがなる)」に行けるんです。あとで知りました。太閤ヶ平は豊臣秀吉が鳥取城を包囲した際に築いた陣城の跡です。秀吉の陣城跡は、鳥取城跡とあわせて「史跡 鳥取城跡附太閤ヶ平」として、1957年に国の史跡に指定されています。兵糧攻めしたとき、鳥取城がどう見えていたのか興味あったので行けなかったのは残念。

鳥取市歴史博物館にも行けなかったので、ゆっくり見たいなら時間に余裕を持っていきましょう。

サムライに興味を持ったことがキッカケで武士道を知り、日本人の価値観にも関心を持つようになりました。調べていくうちに、鎖国をして約260年続いた江戸幕府が、現代の日本人の価値観の土台を作ったと感じるようになり、その江戸幕府を築いた徳川家康にも興味が湧いてきました。そんなわけでこれからもゆかりある場所に行ったら紹介したいと思います。

東京上野東照宮 唐門